池澤夏樹の小説“レギャンの花嫁”に「セクシーバス」というものが記されている。
それは昔のバリのアーティストのような者たちによる年に一回の催しで、「一番セクシーだと思う格好」をして借りたバスに乗り込み宴をする、というものだ。
実在するものなのかは不明だが情報をネットでは見つけられなかった。
自分にとっての1番セクシーな格好は何だろう。
そもそも服装というものは着る人や用途によって印象が変わるものだ。
仕事着としてのセクシーさと寝床のランジェリーにおけるそれは異なるだろうし、自分をセクシーにと考えると一層難しいテーマになる。
まずセクシーとは性的な魅力であり欲情を煽るものとする。
そしてセクシーバスという奇抜な大会においては状況に応じて機知を効かすことが可能かもしれないがここでは観念的に考える。
そしてモデルは自分とする。
一般的なセクシーの象徴といえばマリリンモンローやジェシカラビット、峰不二子などだろう。
皆女性的な身体や顔つきをより強調したデザインだ。
そして私の好きなベティブープは幼さや少年を彷彿とするブラックカーリーショートヘアに大胆な露出のミニドレス、困り顔のベイビーフェイスに真っ赤なリップ。
性的なもの、というのはいかに女性性を強調するか、性行為を彷彿とさせるかということだろう。
上記のようにあからさまなものは過去のセクシーアイコンとなり現代ではそれのコスプレに見えてしまうかもしれない。
そういった女体の強調は恒久的であるとも考えられるが、自分のための最大限のセクシーを考えるのであれば時代に合った慎ましさも必要だ。
私は隠しきれなかった女性性に色気を感じているかもしれない。
全盛期のブリトニースピアーズのように身体に不釣り合いな幼げな服装、または綺麗な形のデニムを履いたお尻とか、スーツや作業着の下にある下着姿とか。
欠陥は男女問わず性的だ。
過去に受けた暴力の物語を読み取れるからだ。
刺青や無骨な男性の結婚指輪なども物語の発端となりゆるものは魅力を感じる。
もう一つは動物。
人間を含めて動物は何考えてんのかよくわからないけどやたら綺麗な身体をしていてシンプルに艶かしい。
隠しきれない女性性・欠陥・動物
以上が私を支配するどエロい黄金セットです。
インスタで毎月20日テーマを決めてファッションイラストを公開しています。
今回はこれを書くにあたってセクシーについての見解を深めたかったのだ。
これから結論の絵を描くよ
みんなの考えるセクシーも知りたくなるなあ
自分にとってそれは美の全てかもしれない
美=エロス だと言っていい
生物だけでなく車や食器や家具、建築にもそれはあるよね
それはまた改めて考えたい
これらはイラストで描くのクソだるいので今回は忘れよう